今から16年前の春のことです。
子どもの大学進学が決まり、引越し先を選んだり、荷物をまとめたりと、3月は本当に忙しくしていました。
入学式の前に引越しをして、私は入学式に出席しました。
その後の数日は、荷物の整理や食材の買い出し、買い忘れた物の買い物などをして、あっという間に自宅に戻る日が近づきました。
子どもは毎日大学に行き、入学前の準備に追われているようでした。
共に過ごす最後の日。
夕方に戻ると言って出かけましたが、あと数分で私が出かけないと新幹線に間に合わなくなります。
3分前に子どもが戻ってきました。
夕食を準備してあること、身体に気をつけること、火事に気をつけること。
最後に、
「戸締りを忘れないように。私が出たら、すぐに鍵を閉めなさい」
とだけ言って、別れました。
縁もゆかりもない土地に、子どもを残して行く切なさで胸が張り裂けそうになりながら、新幹線に乗り込みました。
涙が止まりませんでした。
いつもの日常が始まった
自宅に戻り、日常が始まりました。
4月の初めには、子どもの食器を奥にしまって見えなくしたり、子どもの部屋にも入れないような状態でした。
料理に掃除、洗濯、そして夕方には、愛犬の散歩に行きます。
4月は散歩コースの桜が満開で、気持ちのいい季節のはずです。
ところが、いつもと様子が違うのです。
なんだろう?
よく見ると、満開に咲き誇っているはずの桜の花の色がないのです。
実際には、桜の花には色が付いているはずなのに、私には見えない。
灰色にしか見えなかったのです。
悲しみで桜の色が見えない
よく「気持ちの持ちよう」と言いますが、まさしく当時の私は、悲しみのあまり桜の色が見えなくなったのではないでしょうか。
一言で言うと、悲しみ。でも、ただ悲しいだけではありませんでした。
希望を叶えて進学した嬉しさ。
一人暮らしを始めることへの期待。
弱音を吐かず大学生活を送る頼もしさ。
その次にやってきたのが、家にいない悲しみでした。
何日したら、桜色が見えるようになるのかな。
そんなことを心配していたころ、書道の先生から、
「展覧会の出品物は何にしますか?」
と連絡がありました。
先生と相談した結果、今の自分の気持ちを手紙文にして、巻物に仕立てていただくことになりました。
書道に集中した日々
普段のかな文字とは違い、たたみ1畳ほどの和紙を横に使って書くので、一筋縄ではいきません。
何度も何度も練習して、ようやく納得のいくものが書けました。
その時、書いた巻物には「羽音」と題をつけました。子どもが巣立つ羽の音を聞いた、という意味だったのだと思います。

出品物の目処が立ち、久しぶりにゆっくり愛犬と散歩に行きました。
すると、桜の花びらがひらひらと舞い散っていました。
力強い枝に、小さなピンクの花びらがきれいです。
色が戻ってる!
きれいな色の桜の花びらが見えたのです。
良かった。
ようやく、私の春がやってきた
書道に集中したのが良かったのか、はたまた日にち薬だったのか。
今となっては、どちらだったのかわかりません。
でも、あの日、灰色にしか見えなかった桜が、もう一度きれいな色を見せてくれたことは、今でも覚えています。
子どもが家を出て、新しい生活を始めた春。
私にとっては、寂しさの大きな春でもありました。
それでも、少しずつ日常に戻り、書道に向き合い、愛犬と散歩をしているうちに、桜の色が戻ってきました。
ようやく私の春がやってきました。


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